THE VOID
近年、活躍の目覚しい石川直樹の最初の本格的写真集。世界へ冒険旅行に行き、その経験をテキストと写真で表現してきた石川が、写真を本格的な表現の出力先と射程を定めた決意表明のような作品でもある。
それ故に、冒険記的な側面はまったくなく、被写体に対する説明はほとんどなされていない。写真自体は、ニュージーランドの深い森を写したものであり、十分に魅力的なものであると言える。ただし、その場所が、ポリネシア全域に伝わる航海術と深い関係があり、カヌーを作るために必要不可欠な大木の良質な生産地である、という彼が、自らポリネシアに伝わるスター・ナビゲーション(星の航海術)を習得する中で得た貴重な経験と知識であるため、それらが明確にわからないのは残念な部分もある。
是非、星の航海術への言及と写真を組み合わせた写真集も見たいと思わせる一冊である。
- 作者: 石川直樹
- 出版社/メーカー: ニーハイメディア・ジャパン
- 発売日: 2005/09
- メディア: 大型本
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ちなみに、スター・ナビゲーションに関しては、国立民族学博物館開館30周年記念特別展の「オセアニア航海展」の解説書『オセアニア 海の人類大移動』に詳しく書かれているので参照されたい。
- 作者: 国立民族学博物館
- 出版社/メーカー: 昭和堂
- 発売日: 2007/10
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少し補足すると、スター・ナビゲーションとは、星座の位置を目印にして夜の海をカヌーで航海する術のことだ。
ポリネシアでも廃れかかっていたが、それを昨今受け継ぐべく、少数ながら継承している人々がいる。
ただ、もちろん航海は、夜だけではなく昼もするわけで、昼間の場合、風の向きや、雲の動き、海鳥などを目印にする。それら、自然環境から総合的に、自分の位置と目的地までの距離を、正確に把握することができたのだ。
それらの航海術の遺伝子を持った人種は、実は台湾にルーツがあり、西はマダガスカル島、東はイースター島までたどりつき、島間を自由自在に航海していた、というから驚きである。
したがって、これらの範囲を、オーストロネシアという広い範囲で呼ぶらしい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AD%E3%83%8D%E3%82%B7%E3%82%A2%E8%AA%9E%E6%97%8F
なかでも、スター・ナビゲーションが興味深いのは、南半球に位置するポリネシアでは、もっとも中心の目印である北極星が非常に低い位置に見える。カヌーから北を見ると船首の先に、目線と同じ高さ程度に、北極星を発見できる。その他、目印となる東西南北の星々も、10度程度の位置に見えるものである。
すなわち、まさに自然の方位磁石のような環境が作れるのである。ポリネシアにおいて、星の航海術が発達したのも、南半球というエリアと地軸との関係を無視することはできないようだ。
ちなみに、オーストロネシアに日本は入っていないが、太平洋を自在に航海できた人々が日本に来ていないはずはない。茂在寅男は、古代日本の航海について、ポリネシアとの深い関係を古文書と実証的な側面から分析している。あわせて参照されたい。
- 作者: 茂在寅男
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 1992/09
- メディア: 新書
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さらに想像力を広げると、縄文土器とそっくりのものが南米に散見されており、それを根拠に古代の太平洋間に交流があったと提唱する人もいる。太平洋は近代によってようやく把握されたというのが常識であり馬鹿げた議論とされていた。しかし、近年のポリネシアの伝統航海術の精度の高さを見るにつけ、あながち可能性はなくないと思われる。
かつて、縄文土器の美的価値を発見した岡本太郎は、縄文土器の渦巻き模様を見て「縄文人は海を知っていたな」と言ったという。もともと、フランスで民族学を学び、ポリネシアを研究対象としていた岡本太郎の慧眼には感服するほかない。
- 作者: 岡本太郎
- 出版社/メーカー: みすず書房
- 発売日: 1999/02/24
- メディア: 単行本
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