佐野元春のザ・ソングライターズ「矢野顕子 Part2」

 いや〜矢野顕子の才能は別格だな、とただ感嘆するしかなかった。まあ、この番組を見た人も、そして、立教大学で参加した人は余計にそう感じたことだろう。
 今回は、矢野顕子をゲストに迎えた2回目で、学生に詞を書いてもらい、その中から幾つかをピックアップして、矢野顕子が即興でそれらの詞を曲にして歌うというワークショップが行われた。
 多くの参加者の中から、佐野元春が事前に、曲になる可能性のあるものを選び出している、ということはあるが、それにしても、そこから一種のひらめきで、まさに矢野顕子の音楽にしてしまう能力は驚くというより酔いしれるという感覚だった。
 学生の詞をそのまま曲にした1曲と、少し佐野元春がリライトした1曲が演奏されたが、計らずも佐野元春作詞、矢野顕子作曲という豪華なコラボレーションを堪能させてもらった。

 詞にメロディがのって音楽が立ち上がる創造の現場を、これほど鮮やかに魅せられる人はそうそういないのではないか?当の佐野元春でさえ、感動していたくらいだから、相当なものだろう。

 おそらく、彼女の音楽がジャズのセッションのようなところに、ルーツがあるからだろう。言葉の中に隠れている音楽の要素を、最大限までその場で引き出すことができる能力がある。
 学生が作った、ちょっとした詞が、心に響く感動的なものになってしまう。


 佐野元春のパーソナリティとしての優秀さも冴えている。他のミュージシャンのコアになる部分を、鋭く質問し見ているものと一緒に共有させてくれる。そういえば、アメリカでは、ニューヨークの演劇学校かなにかで、有名な俳優をゲストに招いて、そこの校長が学生を集めて公開インタビューする番組があったが、それに近いものがある。


 まあ、とにかく、言葉と音楽の力をいやというほど見せつけられた時間だった。


 彼女の言葉の中で、とても興味深かったのは、カバーしている曲がほとんど男性が作る音楽なのはなぜか、という質問を以前リスナーからされて、意識してなかったので、そのことについて考えてみたら、女性の作る曲は、常に「私」というのが中心にあって、何枚皮をむいてもその「私」が顔をのぞかせる、だから、矢野顕子が入る隙間がない、というところだった。
 これは、女性のソングライターの特徴というより、女性という性の核心をついた言葉だなと思った。